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明日の雲ゆき

目標は後悔しない日々を送ること

All Green 【第8回】短編小説の集い

創作

先月に続いて今月も参加させて頂きます。締め切りギリギリで申し訳ありません。

novelcluster.hatenablog.jp

 

「All Green」

 さらさら、さらさら、風が流れる。
 若葉のこすれ合う音。小花の藪が揺れ、木漏れ日が踊る。
 緑の天幕の下、まどろんでいたタマの鼻先をかすめて花アブが飛んで行ったので、反射的に体をひねって起き上がった。もっと若い頃だったら、さらに闖入者をめがけてジャンプしたが、もうそんな愚を犯す歳ではない。タマは雄の三毛猫で推定十一歳。生まれて初めて迎えた冬のある日この庭に迷い込んで、以来ずっと住み着いている。
 庭の主は、いたずら好きでいつもなにか企んでいる楽しいじい様だった。ただ少々頭が硬いところもあって、猫の名前といえば『タマ』だと決め込んで、雄で三毛なのにタマという名になってしまった。だが彼は名前にたいして拘りはないから、どうでもいいことだ。じい様は食べる物と安心して眠れる場所をくれた。それから時々遊び相手にもなった。結構長い間、一匹と一人はいい相棒だった。
 タマが立派な大人の猫になった頃、じい様はいなくなった。それまでだって、時々いなくなることがなかったわけでもないから、次の次の夜がくるあたりで戻ってくるのだろうと思っていたが、まだ戻っていない。そのうち何処へいったのかなんとなく思い当たった。猫も人も同じなんだ、とタマは思った。その時期はちょうど新入りの子猫がいて、その子たちの世話を焼いているうちに日々が過ぎていった。
 この庭は本当に豊かで、小さなネズミや虫が捕まえられるし、水もきれいだ。猫の二匹や三匹、余裕で養ってくれる。いつも庭にはタマの他に何匹かの猫が暮らしている。ただ、ずっと棲み着いているのはタマだけだった。だからじい様がいなくなってからは、タマが庭の居候どもの管理人のようなものだ。管理人として一日一回、見回りに出かける。おっと、忘れてはいけない。母屋の隣の小屋にもご機嫌伺いに行かなければ。あそこには変わった御仁が住んでいる。猫でも犬でもない、姿形は人である。どういう訳だか、あの場所から出ることがなく、飲んだり食べたりしてる様子もないが、いつ行っても変わらず元気なように見える。
 タマは前足を地面に突っ張ってぐーっと伸ばした。それから背中をくねらせてから尻尾をぴんと立てる。うむ、今日も快調だ。さて出かけるか。

 庭の一番奥にスレート葺きに白壁の母屋が、その棟続きに小さな離れがあった。母屋のエントランスには白い蔓薔薇のアーチがあり、足元にはゼラニウムやロベリアが茂っている。背の高い金魚草と手前にペチュニアベルフラワーで小道を囲い、建物の背後はクヌギや楢の木々で覆われていた。タイムやセージ、ラベンダーなどハーブを集めた一角もある。全体的に白と淡いブルーで統一された清々しい庭だ。

 真夏には賑やかになるが、それ以外の季節は母屋から人の気配が消えて、もう七、八年になるだろうか。一方、離れは今も息づいていた。手前のテラスは年月により少々痛みは見えるが、ごく当たり前の造作だ。木製の手すり、小さなガーデンテーブルにベンチ、通り抜ける風は涼やかで、掃除も行き届いてる。しかし室内に入ると印象は一変する。
 ここは庭全体のコントロールルームだった。薄暗い室内にモニターとコンソールが並ぶ。ただし、今はモニターを見る人間がいる訳ではないので、明るさは最小限に抑えられており、かすかな機動音がするだけだ。奥には資材置き場がある。毎日の水やりは自動散水機が行い、肥料やりや剪定、植え替え、清掃は定期的に小型の専用ロボットが当る。池の水質管理と病害虫の手当てなどはナノマシンを使っていた。もちろん、自己診断・自己修復機能も備わっている。
 庭の主、丹羽恒之助博士は高名な工学博士であった。現役時代、数多くの偉大な成果を上げてきたが、変り者の彼は勤めていた大学を定年退職すると幾つもの魅惑的な再就職口を断って、さっさと田舎に引っ込んだ。そして造園学や生物学の勉強をしながら、コツコツ作り上げたのが全自動の庭のコントロールシステムだった。略してNCS。
 彼がまだ若いころ学会で海外に出かけた折に、素朴なイングリッシュガーデンに惚れ込んだ。で、何をどう思ったのか、引退したら庭師になると決意したらしい。このシステムは博士のキャリアにおける最高傑作だ。もちろん余人の知らぬところではあるが。

 離れに通じる小道に猫の姿があるのを、カメラが捉えた。3Dホログラムによる人の姿がテラスに再生される。
 やがてどっしりした三毛猫が姿を現した。ぴょん、とテラスに飛び乗り「にゃー」と短く鳴いた。いつもの彼のあいさつだ。人の姿をしたものは「やあ」と答える。声はガーデンテーブルに仕込まれた小さなスピーカーから発せられたものだ。外見と声のデータは庭師になる決意を固めた年頃の博士の容姿をトレスして作られている。ホログラムを操っているのはNCSの中枢で、それは博士の思考と頭脳のコピーでもある。そして学習機能により日々成長を続けている。
 メインシステムは人語で猫に話しかける。昔、博士がそうしていたように。
「良い季節になりましたね。カブトムシの幼虫、今年も捕らないでおいてくださいよ」
 夏休みになると博士の曽孫がやってくるのだ。博士の子供や孫にとっては、ここは夏の間の別荘だ。孫の一人が博士の跡継ぎを自認して、遊びに来るついでに資材の補給と点検もしていく。
 タマは相手の顔を見つめてから、大きなあくびをした。言語での意思疎通はできないが、NCSは微妙な顔の筋肉の動き、視線、耳の角度などから猫の思考を読み取る。
 ——そんなこと、いちいち言わなくてもわかってるぜ。
 そう言っているようだ。

 しばらくテラスで過ごして、タマはまたどこかへ消えた。やがて午後二時になると、システムは庭の監視を片時、停止する。毎日のシステムメンテナンスの時間だ。コンソールのランプが点いたり消えたりしつつ、この二十四時間に集まったデータがチェックされる。十分ほどでコンソールのランプが元通りに点灯した。

 全箇所異常なし、All Green

 

今回もオチのない話、いえ、話ともいえないですね。 でも書いてみなければ、いつまでたっても書けるようにならないだろうし、恥を忍んで晒します〜